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東京簡易裁判所 昭和29年(ハ)743号 判決

原告 大橋源太郎 外一六名

被告 前原重秋

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

本件に付当裁判所が昭和二十九年十一月五日になした昭和二十九年(サ)第二〇一七号強制執行停止決定は之を取消す。

前項に限り仮りに執行することが出来る。

事実

原告訴訟代理人は申立人被告と相手方訴外石原晃の利害関係人石原等間の東京簡易裁判所赤羽分室昭和二十六年(ユ)赤羽第四七号土地明渡事件の調停調書に基く強制執行は之を許さない。訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求め、その請求原因として、被告は昭和二十六年五月二十八日訴外石原晃を相手方として東京都港区麻布笄町百二十一番地土地百十坪二合一勺に付期限満了による土地明渡の申立をし東京簡易裁判所赤羽分室昭和二十六年(ユ)赤羽第四七号土地明渡事件として繋属した。当時右土地には訴外江口源太郎、同小松橋光寿、同轡田政次郎、同田島五郎が四棟の建物を建て原告等はその内三棟内に賃借居住していた関係上右調停事件の利害関係人として参加することとなり被告は昭和二十六年十月その妻源子を代理人として委任状と代理人許可申請書を前記赤羽分室に提出して出頭せしめた。右調停事件は昭和二十六年十一月十九日原告等居住現場に於て被告と原告等との間に調停成立し別紙〈省略〉第一の調停調書が作成された。次で同一事件に付て昭和二十六年十二月三日前記赤羽分室に於て被告と訴外利害関係人轡田島五郎、同田中壱三、同里村幸治、同平野より子間に調停成立し別紙第二の調停調書が作成された。

右第一の調停調書と第二の調停調書とを比較検討すると第一の調停調書では相手方石原晃は無条件で土地を被告に返還し原告等に対しては自費を以て居住建物を収去土地明渡をなさしめ原告等は使用料一ケ月坪当り金百円支払うこととなつて居り、第二の調停調書では建物被告が買取り退去せしめること、使用料も坪当り金十六円六十銭となつて居り甚だ権衡を失して居る。これは原告等を追ひ払うため被告と第二調停調書の当事者が共謀して殊更調書を二回に分けて作成し原告等の法律上の無智に乗じ原告等を欺して調停を成立せしめたものであるから民法第九十六条により原告等は本訴に於て調停の意思表示を取消す。従つて原告等は調停による債務は有して居らない。

更に右第一調停調書には申立人代理人として申立人の妻前原源子が出頭して調停成立したことになつて居るが事件の担当裁判官は右代理人に対して代理人たることに許可を与えていない。従つて申立人本人が出頭していないから申立人不出頭で調停成立せしめた結果となり調停は有効に成立していない。

以上詐欺による調停の意思表示の取消と許可を得てない代理人出頭で調停が成立してる、との二つの理由により調停調書は効力がなく原告等は調停調書による債務を負担していないのであるから本訴を提起して請求の趣旨記載の判決を求めると述べた。

被告訴訟代理人は主文第一、二項記載の判決を求め、答弁として、原告主張の事実中調停事件で二回に当事者をわけて調停成立したこと、原告等が其事件の利害関係人であつたこと、被告の代理人前原源子が調停に立合つて成立したこと、は認めるが被告を欺いて調停を成立せしめたことは否認する。

本件調停の成立については終始当事者本人同志の話合で進行したもので民法第九十六条に該当するが如き事情はない。原告等は当該建物を出来る限り使用し度いというから原告等の申出通り三ケ年の猶予期間を存して調停が成立したので最後に調停成立に際し被告は妻を代理人として委任状、代理人許可申請書を提出せしめ裁判官がこれを認めて調停を進行したのであるから当然裁判官の許可はあつたので調停調書は有効である旨述べた。

理由

申立人被告と相手方訴外石原晃間の東京簡易裁判所赤羽分室昭和二十六年(ユ)赤羽第四七号土地明渡調停事件に付原告等及訴外轡田島五郎、同田口壱三、同里村幸治、同平野より子が利害関係人として参加し別紙第一、第二調停調書の通り被告と原告等間及被告と訴外右利害関係人等間と二回にわけて各別に調停成立したこと、原告等の調停成立のときは被告の代理人として被告の妻が委任状と代理人許可申請書を提出して出頭し調停に立合つて居ることは当事者間に争がない。

原告等は別紙第一の調停調書と第二の調停調書とでは原告等に関する第一の調停調書の方が第二の調停調書より原告等に著しく不利益に調停せしめられて居ることは被告が第二の調停調書の当事者と共謀して原告等を追ひ出すために原告等を欺いて殊更二回に分けて原告等に不利益な調停を成立せしめたものであるから詐欺による意思表示として本訴に於て取消すといふけれども多数当事者の調停事件に於て調停委員会が当事者を便宜上数団に分けて各別に調停を成立せしめることは屡々行わるることにして敢て異とするに足らず又調停条項も事情により人によりて異なることあるは怪しむに足らない。調停委員会は当事者の合意ありと認めたからこそその調停調書を作成したので前後二個の調停調書を比較検討して一は重く一は軽いとし重いのは相手方の詐術にかかつたと非難攻撃することは調停を侮にするもので採用しない。

次で原告等は右第一の調停成立のとき相手方代理人前原源子が出頭したのであるが其代理人許可申請を事件担当裁判官が許可した証拠がないから其代理人として許可はないから其代理人の出頭してなした調停成立は効力がないといふけれども代理人の許可に一定の方式はなく担当裁判官が許可すれば其事件の進行に其代理人を関与せしめるので反対に其代理人を許可しない場合には許可せざる旨を告げて其事件の進行に関与せしめないのであるから許可せざる旨を告げた事実のない以上は許可して居るのである。そして右第一の調停は被告の代理人関与によつて成立して居るのであるから適法に成立して居る。

以上の通りであるから原告等の本訴請求は理由なしと認めて棄却すべきものとし、訴訟費用に付民事訴訟法第八十九条を、曩に本件に付当裁判所がなした強制執行停止決定の取消に付同法第五百四十八条を各適用して主文の通り判決した次第である。

(裁判官 津村康)

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